青さについて

Kiss Mintとカロリーメイトとファイブミニみたいな青春

Living Dying Showcase

「とても目が綺麗だったので、つい」となんばの地下道で声をかけてきたその女性は出会ってまだ名前を教え合わないうちから僕のことを知りたいと言い放った。

年齢や出身、仕事のことなど質問攻めに遭うも僕はドギマギしながら丁寧に答えようとする。

答えようとするが、彼女の一番最初の質問が僕の頭の中を支配し続けそれ以降は心ここに在らずな返答しか出来なかった。

10分前に遡る。

 

僕はBase Ball Bearの大阪公演に参加した後、なんばハッチを後にし地下道を駅に向かって歩いていた。

自身の青春を回想させるセットリストだったので感傷に浸り、その曲をイヤホンで聴きながら余韻にも浸っていたときだった。

すれ違いざまに女性に呼び止められた。

イヤホンをしていたため、初めは聞き取れず「えっ?」と反射してしまった。

普通だったら気に留めず、そのまま立ち去る人の方が多いかもしれない。

だがその女性は、繁華街によくいる現金寄付を募る外国人でもなければ、宗教の勧誘でもなさそうな風貌だったので困ってるのかもしれない、とつい足を止めてしまったのだ。

 

中肉中背中年のおばさんだった。

 

正直言うとこういうことがよくある。

僕は子供の頃から知らない人によく声をかけられる。

中学生の頃、大人の女性に遊びに誘われたり、高校生の頃、ライブハウスで1個上の他校の女の子に無理矢理アドレスを交換させられ毎日メールを送りつけられたり、予備校の食堂で僕のバッグ(ノートとか教材を入れる取っ手のついたプラスチックのあの懐かしいやつ)に貼ったベボベandymoriのステッカーを見て他クラスの人から声をかけられたり、渋谷でカンペを見ながらの宗教の勧誘を受けたり、交通量調査のバイト中ヤバいおっさんに絡まれたり、磔磔で中国人留学生に中国人と間違われてナンパされたり。

外国人観光客に道を聞かれるのなんて月イチペースで、この前なんて乗り換えまで口頭の英語で説明した。

 

今回は一体何だ?と、イヤホンを外す。

おばさんは「いまお時間大丈夫ですか?もしよろしければあなたの好きな本や大切な本、印象に残っている本を教えて頂けませんか?」と言う。

何だアンケートか、と安堵し「好きな本か…何だろう…」と考え始めたところでおばさんは口を開き加えて「私たちはヒューマンライブラリーというサークル活動をしている者でして、その活動の一環でこうして色んな人に話しかけてるんです」と心底怪しいことを口走った。

 

一方的に色々説明されたが、要は人の個性や人生観を本に見立て、彼らのサークルであるヒューマンライブラリーに蔵書(所属)する。

そしてその本役である人との対話を通じ、読書という行為に例えてその人のことを知ろうとする、理解する、そういったコミュニティを広げるといった活動内容で、数年前から世界各国で話題となっているものらしかった。

 

なるほどなるほど、決して怪しい勧誘でもなければ悪徳商法でもないのですね、ふむふむ、と説明を受けている最中ずっと人形のように相槌を打っていたが、そんなことはどうでもよくなっていた。

 

自分の好きな本や大切な本、印象に残っている本が全く思い浮かばなかったのだ。

もちろん本は好きだし、まぁたくさん読む方ではないけれど、曲がりなりにも現在紙に携わる職に就いている手前、自分の好きな本くらい他人にビシッと言えなくてどうする、じゃあ何だ?とずっとモヤモヤしていた。

漫画でもいいですよ、なんて言ってるけどこれはどう考えてもオススメの漫画を紹介するシチュエーションではないように思えた。

4,5分は悩んでいたと思う。

その女性もついには「こんなに真剣に考えて頂けるなんて思ってませんでした」と言う始末。俺もだわ。

「他の方は何て答えたんですか?」と逆に質問すると「意外と児童書を挙げるご年配の方もいらっしゃいましたよ」とのことだった。

自分が人生で初めて読んだ本は何だったか…と思いを巡らせる間も無く一冊の文庫本が浮かび上がった。

 

「夏の庭 The Friends」という湯本香樹実の有名な児童文学小説だ。

 

恥ずかしながら私は小学生時分まで読書というものが嫌いだった。

苦手というわけではなかったが、活字の面白さを知るより先に、読書の時間を勿体ないと感じる子供であった。

時間をかけて読んだ作品が面白くなかったら損した気持ちになるのでは、といった具合に捻くれていたため、それなら映画を観たり漫画を読んだ方が手っ取り早いと思っていた。

しかし進学した中学には朝の読書タイムなるものが存在しており、一限が始まるまでの15分間は本を読みましょう、という国語教師の中途半端な指導が反映されていたのだった(何故か中1の一学期だけだった気がする)。

家に帰っても私の本棚にはONE PIECEとバカドリルが同居しているだけで、人生訓を中1の馬鹿に説くような高尚且つやさしい読み物など存在していない。

一時父親がこれを読みなさいと言って「十五少年漂流記」の文庫本を渡してきたことがあったが、父親に読めと半ば強制されたことが癪だったこともあり素直に受け入れようとせず、海賊とバカの前に敗れ去りこの文庫本も文字通り漂流することとなったのだった。

そんなプチ反抗期の僕でも姉の勧めるもの、姉が鑑賞しているものからはダイレクトに影響を受けていた。

姉が教えてくれたスーパーカー松本大洋岩井俊二も子供の頃の僕にはとても刺激的だった。

そんな姉から朝の読書タイムにこれを読めば、と渡されたのが「夏の庭 The Friends」だったのだ。

小学生の男の子3人組が「死」とはどんなものか興味を持ったことから、近所に一人で住むお爺さんの観察を始めたものの、次第に子供たちはおじいさんと打ち解け、おじいさんのために出来ることをと奔走し、お爺さんも子供たちと出会ったことで新たに生き甲斐を見出し、そして永遠の別れが訪れて…

といった子供の目線で「死」を捉え考えさせる名著なのだが、僕がこの本を読んだのは後にも先にもその中1の朝の読書タイムのときだけなのである。

にもかかわらず、私はなんばの地下で見知らぬ女性によってこの本を思い出すこととなった。

 

初めてまともに読んだ活字だから?

「死」を扱う印象的な書籍だから?

それは否だ。恥ずべきことに僕はこの本を読まされたのだ。

姉にではない。朝の読書タイムという体制に読まされたのだ。

目の前にいる女性の説明するヒューマンライブラリーという社会人サークルの話を聞いてはっきりそう思ったのだ。

本来自然発生すべき人と人との対話により生まれる相互理解をこのサークルに所属させることで半ば強制しているのではないか。

勿論批判しているわけではない。

個人レベルで見れば「サークルに属しないと人とコミュニケーションを取れないなんて」と悲観されそうだが、集団レベルで見れば「体制を整えることでコミュニケーションの輪が広がるなんて素晴らしい!」と話題になりそうではある。

これは朝の読書タイムにも言えると同時に、世の中の一歩踏み込んだ行為とは実は一人で成し遂げるよりも長いものに巻かれた方が楽なのではないか、と思い至ったのだった。

 

とりあえず目の前の女性に「夏の庭 The Friends」と自分の読書習慣形成の起源について語った。

案の定サークルに参加してくれと頼まれ、連絡先まで交換した。

あなたはヒューマンライブラリーに蔵書されるべき素敵な考えの持ち主だ、と。

承諾もお断りもせず「考えておきます」と告げその女性と別れた。

多分、参加することはないだろう。

決してこの活動を否定しているわけではなく、自分には必要がないと思った。

勿論映画や漫画を読んだ方が早いと思ったからではない。

私にはこういった自分の理解が及ばない他者との出会いは自然発生してほしいと考えているからだ。

そういう意味では声をかけてきた女性との出会いは自然発生と言えるのかもしれないが。

とりあえずこのサークル活動に参加するかは未定だが、友人知人に好きな本を聞いてみるところから自分もコミュニケーションというものについて考え直してみようと思った良い機会となった。

 

 

 

ちなみに余談だが、別れ際「何でこんなに人が歩いてるのに僕に声をかけたんですか」とその女性に聞くと「とても目が綺麗だったから、つい」と答えた。

ベボベを聴いていたから十代の目を取り戻していたのかもしれない。

今回参加したBase Ball Bearのツアー名は「LIVE IN LIVE 〜I HUB YOU〜」であり、ベボベがHUBとなって人と人、バンドとバンドを繋ぐというコンセプトの対バンツアーだという。

小出もこんなところにまでその思惑が届いてるとは思うまい。

 

 

 

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

 

 



 

 

恋するリトルカブ

その日は7時55分に目が覚めた。

開いているとも閉じているとも言えない瞼で何を眺めるでもなく、仰向けのまま手探りで布団に転がったiPhoneを捕まえる。

今日は午前中大切な予定があるから起きなきゃと布団から立ち上がった瞬間だった。

 

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「大丈夫!?」と叫びながら朝食を作っていたであろう母の安否を確認する。

テレビをつけるより先にツイッターで状況を確認し、想像以上に被害が大きいことに驚愕した。

同時に阪急もJRも全く動いていないということを知り、狼狽する。

狼狽しつつも何故だか頭の片隅で「いつも大きな地震が起こるたび望月峯太郎の漫画『ドラゴンヘッド』のことを思い出すなあ」とぼんやり考えていた。

そんなことを考えている場合ではないし、あれは地震の漫画でもない。

最終面接の日だった。

 

大阪で朝11時から面接だったのだが、これは面接どころではないなと電話をかけるも「現在回線が大変混み合っております」と音声が流れ全く繋がる気配がない。

仕方なくメールを入れ、電話が繋がるまでコールし続けていると、先方から着信があった。大阪からかける分には繋がったらしい。

結局面接日程を変更したいが目処が立たないのでこちらからの連絡を待ってほしい、とのことだった。

 

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8日後、私は9時40分に目が覚めた。

「今日は延期になった最終面接の日だったっけ」

「時間は確か11時からだったような」

「おかしいな、どうして今9時40分なんだろう」

「あ、そうか。昨日の思い立って『劇場版 名探偵コナン 世紀末の魔術師』を観て夜更かししたからだな」

「11時に大阪に着くために余裕を持って9時半くらいの電車に乗るつもりだったな」

「ん?いま9時40分??????」

ノローグが3秒で頭を駆け巡り、布団を飛び出し、着替え、髭を剃り、歯を磨き、奇跡的に寝癖がついていないことを確認し、リュックとヘルメットを掴んで家を飛び出した。

私は時速200kmを超える速度で京都から新大阪まで風を切ったのである。

無論、新幹線でだ。

「のぞみ」という名前がそのときの自分への当てつけのように思えてならなかったが、藁にもすがる思いで1400円ちょっとを献上し、予定の時間内に大阪の地を踏むに至ったのだった。

 

 

「まぁもう内定なんですけどね。今日はうちの会社の説明をさせて頂いた上で入社するかどうかを決めて頂くということで」

面接室に到着する前にあっさり就職が決まった。

頭の中の高山みなみが「劇場版 転活生ヤブン 地獄へのカウントダウン!」と叫んでいた毎日ともこれでオサラバだな、などと考えていた。

社長から会社のこれまでの歩み、給与面、福利厚生面、今後の展望や計画などの説明を30分ほど受けたあと、メインバンクからどのような借り入れを受けているか、利益の上げ方と大体の割合、クラウドファンディングをどのように使っているか、渉外の方法、残業内容などをこちらから質問し、また社長の受け答えを観察した上で入社を決めた。

聞こえは偉そうだが、金融機関で法人営業をしていた自分なりの目利きで判断した結果である。

勿論、以前の職場に比べれば条件面では劣るだろう。

シフト制で、福利厚生面も充実しているとは言い難く、結婚も遠のくと思っている。そして年収も…

それでも興味関心の中で仕事ができるであろうこと、またこれは他人には理解し難いかもしれないが、この社長の手助けをしたいという思いが芽生えたこと。

金融で営業をしていたときに後悔していた点である。

後者に関しては自分の力が至らず、泣くほど苦悩した点でもあった。

こんな素敵な仕事をしているのに業績が改善されないなんて…という思いは二度としたくなかったのだ。

 

SNS等でも宣伝をすることになりそうなので、あえてここに明記するが、就職先は大阪のレトロ印刷JAMという会社だ。

関西のカルチャー面に造詣の深い方ならZINEやフライヤー、CDジャット等でJAMの印刷物を目にしたことがあると思う。

スピード印刷、大量印刷から脱却し、孔版印刷によるインクのズレや掠れ、色落ちを持ち味として親しまれてきた印刷会社だ。

個人的にもシルクスクリーンでTシャツやエプロンを作る際に一度利用したことがあったため、元々仕事内容には大変興味があった。

まさか働くことになるとは思いもしなかったので、本当に人生何があるか分からないものである。

 

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面接を終えたその足で河原町に戻り、不動産屋を訪ね3件内覧したあと、2時間半で部屋を決めた。

人生初の一人暮らし。

京都市内ではあるが。

ベランダを開けると目下に川が流れている小さな部屋を借りた。

週明けには入居するので27年過ごした山の麓の実家生活もあと少し。

購入する家具を検討し、部屋の間取りを考えるのは、女の子との初デート前にプランを立てる時間に似ていると思うのは私だけだろうか。

 

大きい買い物は入居してから車で行くとして、キッチン雑貨や小さなインテリアグッズはバイクで買いに行っておこう、と外出する。

平日昼間に街を走っていると、クールビズの金融マンがスーパーカブに跨っている姿をよく見る。

この前まで自分もああだった。

しかし少しの勇気と、人生の猶予と、金銭を削って行く先を変えた。

足取りは軽い。

そういえば、リトルカブよりもスーパーカブの方が重たくて、動かすのが大変だったな、と思い出す。

 

 

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夢見るスーパーカブ

4月で3年間勤めた信用金庫を退職することに決めた。

再就職先は未定だ。

3年間で預金係、融資係、法人営業と営業店で出来る限りの仕事をし尽くした結果、自分に金融という業種が合ってないと判断した末の決断だった。

 

そもそも信用金庫とはどういう仕事をする会社なのか。

業務内容は銀行と同じだ。

お客様からお預け頂いた大切なお金を、事業資金が必要な法人や個人事業主、住宅や車の購入資金が必要な個人のお客様に貸し出す。

預金を払い戻すときには利息を付与し、貸出金を返済してもらうときには利子を頂戴する。

利息より利子の方が金額が大きいため差(利鞘)が生まれ、これが金融機関の利益となる。

その他手数料収入などもあるが、基本的にはお金を預けてもらい、お金を貸し出すことが金融機関人の使命だ。

私はこれを生業とすることをあまり深く考えずに入社したように思う。

銀行ではなく信用金庫を選んだ経緯として、取引対象先が中小企業や個人事業主に限られ、地域に根ざすことができる点、京都という生まれ育った町の発展の一翼を担うことができるという点が挙げられる。

採用面接においても志望動機としてこれらを主張したが、勿論嘘ではない。

嘘ではなかったが、ただ覚悟が足りなかった。

 

人事異動による人繰りの都合もあり、窓口での接客応対と事務しか知識がないにもかかわらず2年半で営業として外に出る羽目になった。

最初は不安しかなかったが、やることはある程度決まっている。

自分の担当顧客の業態を理解し、困っていることを聞き出し、解決策を思案し行動に移す。

それが例えお金を貸すことであっても、経営改善のアドバイスであっても、仕入先や販売先、物件の紹介であっても、利益に繋がらないことであってもお客様の力になれることには尽力する。

そうして仲を深め、未来の更なる取引に繋げる。

レート面では他の金融機関に劣るため、お金を預けてもらえるかどうか、お金を借りてもらえるかどうかはその過程があってこそだ。

また、新規開拓でそういったお客様をたくさん増やしていかなければ、営業として未来はない。

情けない話だが、私はそういった過程を含め、結果があまり振るわなかった。

その上、どんなに力になりたくても、できる限りのことを尽くしても、自分の担当顧客の経営が傾いていく様を目の当たりにすることがつらかったのだ。

諸先輩方からすれば、そんなもんいちいち気にしてたら身が保たんよ、と一蹴されてしまいそうだが、本当に身を保たせる自信が私にはなかった。

勿論お客様との絆を深め、役に立ち、感謝された例も多々ある。

しかし経験やスキルが足りないのは当たり前として、それらを身につけていったとしても一生この仕事を続けるのか、と思うととてもじゃないが耐えられなかった。

結果、逃げるような形で退職を決めたのだ。

 

退職を決めたいま、じゃあどんな仕事が向いているのか?と問われれば正直なところ自分でもはっきりとは分からない。

ひとつ言えることは、他人に共感、感情移入し過ぎてしまうことが有利に働く仕事に就きたいと思う。

金融でもそういった性格を武器にすることはできるかもしれないが、あまりダイレクトに他人の人生を左右したくはない。

人生の分岐点だ。

自分と向き合うことに必死で、不安だ。

 

時に、私には「性格の良いギャルの主任」と勝手に呼んでいる入社から世話になった大好きな先輩がいる。

預金窓口に座っていた頃、直々に仕事を教わり、時にはふざけ合い、時には叱られた思い出深い先輩だ。

いまは産休に入られ、私が退職するまでに一緒に働くことはないのだが、ある日制服を返却するため職場に来られたことがあった。

私は直属の上司と支店長と相棒の同期にしかそのときはまだ退職の旨を伝えていなかったが、主任にはどうしても言っておかなければ、とすべてを告白した。

ある程度形式ばった激励の言葉が返ってくるだろうと踏んでいたが主任が発したのは意外な台詞だった。

「まだ26歳の男の子やもん。何にでもなれるのが羨ましいわ。まぁ転職以外にも色んな人生があるから、あんたなりに頑張り。」

そうか。転職のチャンスを持っていることや、未婚であること、若いということは十分な武器なのか。

そうか。色んな方法で人生を拓けるのか。

ありきたりなことのように思えるが、日々を共に過ごした大好きな主任の口からそれを聞かされると自ずと元気が出てきた。

自身の不安よりも、お世話になった主任のためにも良い報告が出来ればいいなという考えが頭の中で優先された瞬間だった。

 

 

 

3月末に、半年間乗り続けたスーパーカブの掃除をした。

そのときも感慨深いものがあったが、最後の最後にそのスーパーカブでお客様のところに訪問しようとアクセルをひねったときに前輪がいきなりパンクしたことにも意味深なものを感じた。

代わりに内勤用のスーパーカブを使うこととなったが、このスーパーカブも私が営業に出る前に集金担当として1年間、週3回乗っていた思い出深いものであったことを思い出した。

営業用のスーパーカブと違い、内勤用はポンコツだ。

エンジンがハンドルのボタンでは上手くかからず、キックを使わなければならない。

 

前に進むために蹴って、蹴って、蹴って、走り出した。

 

 

 

 

 

THE PROUST EFFECT

マルセル・プルーストが私の物語を記したなら、きっとミロを粉のまま頬張る様を描写したに違いない。

 

フランスの文豪である彼の小説『失われたときを求めて』の中に、紅茶にマドレーヌを浸したその香りで主人公の幼少の記憶が蘇るというシーンがある。

この現象は「プルースト効果」と呼ばれ、科学的に解明されているらしい。

嗅覚や味覚の記憶は薄れにくく視覚や聴覚といった他の感覚と違い、海馬や扁桃と直結しているため人間の本能的な行動や感情に直接作用するのだという。

 

そんなことはどうでもいいペディアで、先ほど母校の大学の近くのラーメン店に行ってきた。

背脂醤油ラーメンのチャーハンセットが好きで、学生時代にゼミ終わりやバンド練習終わりによく通った。

奥の座敷席でラーメンをすすり、煙草を摘んで友人と駄弁を振るった。

 

そんな思い出深い店が今週末で閉店するという。

しばらく食べていなかったこともあり、折角なので行っておこうと仕事終わりに足を運んだ。

一口目で光り輝く学生時代が蘇るだろうな、という予想に反して私が最初に思い出したのは一足の靴のことだった。

 

私は大学4回生の頃、セーラー服をイメージしたハイカットのコンバースを履いていた。

いつものようにそのラーメン店の座敷席に向かいコンバースを脱いだとき、セーラー服の襟があしらわれた足首に触れる部分の生地に穴が空いていることに気づいた。

そのことが恥ずかしくて私は同席した友人に気づかれないようコンバースを友人の靴とは遠ざけて置いたのだった。

 

この回想がプルースト効果に該当するかは分からないが、これほどまでに失われても構わない記憶をも呼び起こせるのかと嗅覚や味覚の記憶の絶大さを実感した。

折角なら淡い記憶を思い出し涙でも流してみたかったものだが、ラーメン店ではそうもいかないらしい。

 

冬が終わって、また様々な匂いが街に溢れるそのとき。

ハッと足を止めて感傷に浸る、そんな一人劇のハイライトが私を待っているのかもしれない。

呼び起こされるそれが人生の根幹か、青春の残滓か、恋の破片か。

未だ見ぬ昔の自分との対峙を、私は心を弾ませ恐れているのだ。

 

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The Catcher in the Live

2017年で印象的だったアルバムを何枚かに絞ろうと思ったのですが、アルバム単位で解説するよりも曲単位の方が思い入れが強いなあと思ったので、一曲一曲簡単に羅列しようと思います。

でもアルバムの話もするかも。

好きなのたくさんあったけど、解説できるほど聴き込んでないので洋楽は外しました。

 

 

♪ そんな夜 / ENJOY MUSIC CLUB

バカリズム脚本のドラマ「住住」の主題歌。正直ドラマの内容よりも曲の方がエンターテインメント性が高かったように思います。

コーラスは我らがHomecomings。

夜な夜な過ごす友達が増えた一年だったので特に印象に残ってる一曲。


ENJOY MUSIC CLUB「そんな夜」

 

 

♪ ride / YOOKs

サークルの後輩バンドを挙げるのは癪ですがこの曲めっちゃ良くないですか?

早く売れて6万円返してくれ。

知らない人でもこの曲だけApple Musicで聴けます。

ていうか何でこの前のリリースイベントでこの曲やらんねん。ブチギレ。

ride

ride

  • YOOKs
  • ポップ
  • ¥200
  • provided courtesy of iTunes

 


♪ さよならスカイライン / ラッキーオールドサン

ミッドナイトバスで終わるかな〜と思ってたのでこういう曲が出て安心しました。

PVも可愛い。


ラッキーオールドサン『さよならスカイライン』(Official Music Video)

 


♪ 卒業 / バレーボーイズ

新たな京都インディーのアンセム

ライブでこの曲が来たらみんな拳突き上げて爆上がりするの本当に最高。

こんなことだからいつまで経っても大人になりゃしねえ。

ボブ a.k.a えんちゃんが手掛けたジャケの自主制作盤とカセットテープも可愛いのでオススメ。


第1回TOKYO BIG UP!グランプリ:バレーボウイズ「卒業」

 

 

♪ とがる / カネコアヤノ

僕にとって2017年のすべてになりましたね。

サウンドもフレーズもメロディーも声も歌詞もPVもジャケも全部大好きでどれだけ聴いたか分からないです。

どんな春が来ても聴き続ける一曲。


カネコアヤノ 「とがる」

 

 

失楽園 / 女王蜂

何か全然好みじゃないはずなのにめっちゃ聴きましたね。

サビの入り方とカッティングが格好良い。

youtu.be

 

 

UNREAL / seiho

よく分かんないけどめっちゃ良い。

高田さん早くエレファントに連れて来てくれ。

youtu.be

 


寛解 / Base Ball Bear

もうかれこれ12年くらい聴いてますが、ベボベって四つ打ちで疾走感ある爽やかギターフレーズが格好良い曲が印象的なのに、どちらかと言うとこういう落ち着いた雰囲気の曲の方が好きなんですよね実は。

数少ない鍵盤が入ってる曲なのでサウンドに注意して聴きたい一曲。

寛解

寛解

  • provided courtesy of iTunes

 

 

♪ BABY / tofubeats

グッドメロディーだよなあ。

他人に思いやりを感じたら「優しいねぇ〜♪」で煽るくだりがちょっと自分の中で流行りました。辞めた方がいい。


tofubeats / トーフビーツ -「BABY」

 


♪ Double Sider / YOUR SONG IS GOOD

ライブで爆上げしたナンバー。

ジャケも可愛い。

音が良過ぎてユアソンのライブ観るとお腹痛くなりがちだったのですが、今年のボロフェスタやっぱり最高でした。


YOUR SONG IS GOOD - Double Sider -【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 


♪ あなたはあなた / 柴田聡子

新譜の中で歌詞が一番好きな一曲。

この曲を聴くと5月に何故だか植物園に遊びに行った日のことを思い出します。

ちなみに歌詞の中に独身の銀行員勤めの男が登場するのでやりきれない感じ。

あなたはあなた

あなたはあなた

  • 柴田聡子
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

 

♪ 花火 / サニーデイ・サービス

みんなDANCE TO YOUの呪縛に囚われ過ぎてあんまり聴いてないかと思いますが、新譜も良いですよ。

タイトル花火なのにピラミッドとかファラオとか出てくる世界観も好きです。年の功すげえ。

 あとPVがオシャレ。曽我部恵一監督もやるのかよ。。


Sunny Day Service - 花火【official video】

 

 

♪ Lemon / シャムキャッツ

ライブでこの曲やる前に夏目くんが「セックスの曲やります!」って言ったので全幅の信頼が置けるなあと思いました。

好きな女の子できたらまつ毛の先まで好きになる気持ち分かるよ。

 


♪ 今日もこんなもんさ / CAR10

カーステレオで流すならやはりこのバンドですね。

もっと疾走感のある曲とかコーラスで叫んでるような爆上がりソングもあるけど、何だかんだメロディーがポップな曲が好き。

今日もこんなもんさ

今日もこんなもんさ

  • provided courtesy of iTunes

 


♪ Horizon / Alfred Beach Sandal + STUTS

音楽力高過ぎて評価の仕方が分からん。

初めて聴いたとき鳥肌が立ちました。

ジャケが可愛い。


Alfred Beach Sandal + STUTS - Horizon 【Official Music Video】

 


♪ PLAY YARD SYMPHONY / Homecomings

この曲を一番最初に聞いたのは3月のセカロイ15周年イベントでの音出しだったのですが、ああ、この曲でこの一年過ごせるんだろうな…と思った記憶があります。

今年僕は行きつけのコーヒー屋という遊び場を手に入れ、多くの常連客と友達になりました。

いつまで続くか分からないこの遊び場のことを思いながら聴くと切なくなりますね。

誕生日に福富くんが非売品のジャケ仕様のポスターくれたのちょっと嬉しかった。

また龍門で中華食べて朝までダーツしよう。

youtu.be

 


♪ Of Reality / NOT WONK

NOT WONKを聴くとパンク好きだったんだって気持ちを思い起こしてくれます。

ただ格好良いだけじゃなくてVo.加藤くんが喋ってるのとかを見ると、色んなこと考えながら音楽やったり他のバンド観てたりしてて熱を感じます。

この曲は静かなパートと激しいパートの差に心が動かされました。

こういう曲を作れたら無敵じゃないですか?


NOT WONK / Of Reality

 

 

♪ Absolutely Imagination / GEZAN

新ドラマー加入後、ライブの定番となったこの曲は、あまりにも強過ぎるパワーで歌い出しで一気に引き込まれました。

Vo.マヒトさんは何度か話したことがあるのですが、オーラが凄い。

生まれ直してもこの人みたいにはなれないだろうなと思いました。

この曲をライブでやるときの手のひらを正面に突き出す仕草が格好良い。

あとPVでマヒトさん普通にバスケ上手い。


GEZAN「Absolutely Imagination」

 


♪ パーティーは終わったんだ / SEVENTEEN AGAiN

何事も「終わり」を感じさせるものは切なさ、儚さを内包していますよね。

この曲はタイトルや歌詞を聴かなくても、イントロのフレーズでそれを感じて泣きそうになりました。

個人的にライドシンバルのカップの音が心地良くて好きです。

パーティーは終わったんだ

パーティーは終わったんだ

  • provided courtesy of iTunes

 


♪ ともだちがいない! / Negicco

Homecomingsの彩加さん作曲、福富くんが作詞で提供した一曲。

安定のキャッチーさ。

どちらかというとアイドルソングというよりガールズバンドサウンドではあるのですが、Negiccoだからこそハマったのかな、という印象。

ちょっとしたインパクトのあるタイトルですが、歌詞がとても良いです。

眠らないままでどこへでも行けるかな?もしともだちができたら!

というサビのフレーズが大好きです。

イラストレーター、漫画家のはしゃさんのアニメーションPVも最高にオススメ。


Negicco「ともだちがいない!」(作詞:福富優樹 作曲:畳野彩加 編曲:Homecomings)MV

 


♪ 90's TOKYO BOYS / OKAMOTO'S

STUTSの「夜を使いはたして feat. PUNPEE」に次ぐ朝帰りソング。

僕はお酒が飲めませんが、金曜土曜の真夜中の木屋町でいつもこの曲の気分です。

朝からワイーン♪

youtu.be

 


♪ 恋は永遠 / 銀杏BOYZ

今年銀杏は「エンジェルベイビー」「骨」「恋は永遠」と3ヶ月連続リリースをしたわけですが、おそらく一番人気は「BABY BABY」ばりのエモさ、「夢で逢えたら」ばりの疾走感を備えた「エンジェルベイビー」でしょう。

でも僕はこの「恋は永遠」に一番ハマりました。

ひと昔前のカルピスのCMソングライクな爽やかさが胸を締め付けます。

youtu.be

 


♪ 10月のひと / 平賀さち枝

もう最高ですよね。みんな大好きさっちゃん。

心が綺麗過ぎて歌詞が愛おし過ぎて誰かに会いたくなる曲。

女性アーティスト本人の顔写真のジャケがあまり好きじゃないのですが、さっちゃんの場合はさっちゃんの写真でアルバムが完成してる部分もある気がします。アラサーでも可愛い。

余談ですが、個人的に10月生まれの女の子に縁があり過ぎるの何なんだ。


平賀さち枝 - 10月のひと

 

 

♪ 離れて暮らす二人のために / スカート
スカートがメジャーデビューしました。
好きなインディーバンドがメジャーに行くのを気に食わないパターンってあると思うのですが、スカートはみんな嬉しいんじゃないかな。
2月に角張さんとラーメン食べたときに「スカートはどうしてもメジャーにやりたいんだよね〜!」と話していたのを聞いてたこともあり、メジャーデビューのニュースを聞いて何だか泣きそうになりましたね。愛ですね。
この曲はテーマもメロディーもアルペジオもセンチメンタルでとても好きです。

離れて暮らす二人のために

離れて暮らす二人のために

  • スカート
  • サウンドトラック
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 


♪ Renassance / PUNPEE

どんだけ待たせるんだよ、とキレたくなるくらい待ちましたね。

僕はヒップホップあまり聴かないんですけど、この天才の動向だけはどれだけ避けても避け切れないくらい勝手に耳に入って来ました。

もうあまり語らない方がいいかもしれないです。

この記事を書くにあたって選曲もだいぶ迷いましたが、単純に一番聴いた回数が多いこの曲を。

youtu.be

 


♪ 冴える / mei ehara

友達に教えてもらって聴き始めましたが、同世代でこんな女の子がいるなんて!と感嘆しました。

何で今まで知らなかったのか!と思って調べてたら、前から持ってた「Young Folks in Metropolis」というコンピレーションアルバムにSUPER VHSとMei Ehara名義で入ってて「この人か!!!」となりました。

どの季節に聴いても、午前でも午後でも、一人でも誰かと聴いても素敵な音楽。


mei ehara / 冴える【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 


エスパー / ミツメ

12月に出たばかりの曲なのですが、解禁になったその日から一発KO。

個人的にミツメの曲はいつも最高だけど、何回も聴き込んで好きになるみたいなイメージ。

でもこの曲はサビに入った瞬間一気に胸が締め付けられました。

時には君を知り過ぎたつもりなのに

瞳の奥に何もかも分からなくて

名前を書いて消していた頃みたいに

呼び合うこともしないまま夜はふける

何て尊い。。


ミツメ - エスパー

 


♪ おならプープーセッション / どついたるねん

アルバム「COLOR LIFE」のツアーファイナルで重大なお知らせがあると聞いたとき100%解散だと思ってたらまさかのメジャーデビュー。

スカートのときとはまた違って嬉しさよりも「メジャー行って大丈夫なのか????」という気持ちの方が強かったです。

メジャーが決まってから曲ができなかったりメンバーが脱退したりと大分苦労したようですが、無事デビューシングル「BOY」をリリース。

2曲目に収録されたこの曲はZEN-LA-ROCKとZOMBIE-CHANGがコラボレーションしたロックナンバー。

バカみたいな曲なのに最高にキャッチーで泣けるってのがどつのいいとこですよね。

PVもナイトプールではしゃぐイケイケ集団の中にどつが乱入するという最高なものです。最後のみんなでお尻振るとこがファニー。

youtu.be

 

 

総合して相変わらずキャッチーな曲ばかり聞いていた1年だったなあという印象でした。

あとやはりシングル曲であろうとアルバム曲であろうとライブで聴いて印象に残った曲が好きになる傾向がありますね。

ライブにももっとたくさん足を運びたい所存。

そして今年は応援してたインディーバンドがたくさん活躍した年だったので来年は更なる期待と愛を。

 

 

 

 

too much too painful

金融という職業に就くまで知らなかった仕事がたくさんある。

10月に法人営業担当になって、取引先に訪問して初めて知った仕事がたくさんある。

先週、新規開拓で飛び込み訪問した会社もそうだった。

 

一見普通の民家だが表札をよく見ると有限会社と書いてある。

見た目から何の業種か判断できないその家のインターホンを押した。

 

「こんにちは!○○信用金庫の籔田と申します!今この辺りを挨拶回りしておりまして、もしよろしければ名刺だけでもお渡し出来ればと思うのですが…」

60代後半くらいだろうか、白髪に無精髭、眼鏡を頭にかけた猫背の男性がドアを開け出てきてくれた。

簡単な自己紹介を済ませ、名刺を渡して軽い質問をいくつか投げかける。

 

「こちらで何かお作りされてるんですか?」

「うちは、マッチ箱の印刷を主にやってます」

「へー!マッチ箱!色んな柄があって良いですよね!僕も煙草吸うので喫茶店とかに可愛い箱のマッチが置いてあると嬉しくなったりします!」

「ああ、うちも昔はそういう喫茶店とか居酒屋とかスナックのも作ってたんですけど、今はお寺のマッチがメインですね」

「お寺の?」

「はい、見ますか?」

「あ、じゃあせっかくなのでお邪魔でなければ見学させて頂いてもいいですか?」

「どうぞ」

 

工場の中に入るとたくさんの印刷機と色んな種類の紙の山があり、作業員が一人だけいた。

「こういう箱なんですけど」

そういって手渡してくれたのは丁度スマートフォンくらいのサイズの箱に寺院名と宗派、紋章、裏面に有難いお言葉が印刷された物だった。

「へぇー!お寺ってこういうマッチも作るんですね!知らなかったです!」

「最近は普通の人はマッチなんて使わないから先細る一方なんですけど、お寺のマッチで蝋燭に火を点ける文化はなくならないみたいでして。お陰様でうちはやっていけてる状況ですね」

「なるほど〜京都はお寺たくさんあるんで確かに困らないですね!」

「それが京都は大きい観光寺院ばかりでこういった物を発注するのも大人数で決めたり何かと大変らしく、元々ついてる大きい業者以外には作らせないみたいなんです。なので、うちは他府県の家族でやってるお寺をターゲットにしてますね」

「確かに京都のお寺って中に小さなお寺がたくさん入ってて住職だって一人じゃないですもんね。いや〜無知でお恥ずかしい限りですけどこういった物があるのも初めて知りました!」

「他にも寺院名の入った火を消す用の小さな団扇とかもセットで作ってますよ」

「ちなみにお寺関係以外ではどういう仕事が入るんですか?」

「和菓子屋さんの箱や熨斗の金の印刷もやってます。のっぺりしたプリントじゃなくてちゃんと輝きを保つ金の刷り方があってうちの強みはそこなんですよ」

「確かにお寺のマッチの箱も何ていうか、厳かな感じしますね」

「京都ではこれが出来るのはうちくらいですかね」

「変な言い方かもしれないですけど、こういうの作ってるって金融機関から言わせて頂くと面白いです。うちはビジネスマッチングに力を入れてるんですけど、こういう技術を求めてる色んな人や企業がうちの取引先にもいると思いますよ」

「まぁこういうった物の印刷やってるとこは他にあまり無いですからね」

「じゃあいま請け負ってる仕事も多いんじゃないですか?」

「実はいま仕事を減らして…というか断ってまして」

「あら、何でまた」

「見ての通りいまは社長の私と、アルバイトの子と二人でやってます。後継者がいないもんで…死んだ父が作った会社なんですけど、もう私の代で廃業しようと考えてます」

「そうなんですね…とても残念です。勿体ないですよ。多分分かってらっしゃるとは思うんですけど、金融機関の人間が飛び込みで訪問するっていうのは簡単に言うとお金を借りてくれませんか?ってことなんですね。社長のお話色々聞いておそらく資金需要は無いんだろうな、とは思ったんですけど今は個人的な興味でこちらの仕事を色んな人に知ってもらいたい気持ちでいっぱいです」

「いや〜そのお言葉だけでも有難いです。正直言うとね、後継者がいれば受注先を増やしたり、新しいことに挑戦したりしたかったんですけどね… もう今は設備資金のために○○銀行さんで借りた分を完済して請け負ってる仕事全部終えたら、ゆっくりしたいんです… あなたはまだ若いから分からないかもしれませんが… あと10年早くあなたと出会っていれば、そちらでお金を借りても良かったかもしれないですね…」

「そうですか…10年前なんて僕、まだ高校生ですよ……ふふっ冗談です!僕もそう言って頂けてとても嬉しいです!」

「高校生ですか!はははは!それは失礼しました!申し訳ないですが、今後そちらで取引させて頂くことは無いと思うんですけど、こうしてうちが作った物の話を聞いてくれて嬉しかったですし、楽しかったですよ。本当にありがとうございます」

「そんなそんな!僕も楽しかったです!また何か御縁がありましたら、是非とも宜しくお願いします!お忙しい時にお邪魔しました!」

 

そういってお辞儀をし、その会社を後にした。

社長は寂しそうな物言いではあったものの、自分の作った物を説明するとき本当に楽しそうだった。

新規開拓としては何の成果も得られなかったわけだが、私は誰かに自分の仕事を嬉しそうに話すあの社長をとても魅力的に感じた。

 

私も誰かに自分の働きを自慢できるほど頑張っているだろうか、と自問する。

仕事に限った話ではない。

自分がその都度置かれてる状況でベストを尽くせる人間に、そしてその姿を誰かに魅力的に感じてもらえる人間になれるだろうか。

今後の人生を歩む上で、立ち止まったり後戻りしたくなったとき。

私はきっと記憶の中のあの社長の笑顔に救われるかもしれない。

スーパーカブで帰り道を走り抜け、そういった瞬間の訪れを私は漠然と予感していた。

 

 

不思議な夜

何の導きか、店構えのセンスも悪くメニューの写真も大して美味しくなさそうなそのラーメン屋の暖簾をくぐった。

 

カウンターに腰掛け中華そばを注文する。

「お待ちどうさま」と差し出されたその中華そばは学食の醤油ラーメンを彷彿とさせる無個性でコショウをまぶしたくなる味であった。それは別にいい。

 

問題は私に続けて入ってきたカップルである。

 

注文したメニューは彼氏が頼んだものが先に差し出された。

私と同じ中華そばだ。

すると彼氏の右横に座る彼女がわざわざ彼氏の左手に置いてある割り箸を腕を伸ばして取り出し、パキッと割ってから彼氏に「はい」と渡した。

「えっ」と思わず声を出してしまった。

割り箸を割ってから人に渡す行為がマナーとして如何なものなのか正しい判断が下せなかったが、少なくとも私はしたこともされたこともない。

 

そして「先に食べていいよ」だとか「お先に頂きます」だとかの応酬もなしに彼氏がいきなりその中華そばを無言ですすり出した。

彼氏の食事を凝視する彼女。を凝視する自分。

私たちが座るのは横並びのカウンターである。

何なんだこの違和感は。

そして途中で気付いたが何故私だけおしぼりと水が提供されないのか。。

 

ふいに彼氏が「食べる?」とレンゲに乗せたチャーシューを彼女に差し出した。

思わず二度見した。

彼氏はまだチャーシューを食べていない。

私なら麺が欲しい。

「ありがとう〜〜〜〜!」と遠慮なくチャーシューを頬張る彼女。

だんだん怖くなってきた。

不思議の国に迷い込んでしまったかのような感覚。

目を疑う所作が繰り出され続け、私は狼狽の踊り子と化していた。

 

「はい、お待ちどうさま」

彼女が頼んだ親子丼であった。

 

 

とどめだ…そう思った。