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青さについて

Kiss Mintとカロリーメイトとファイブミニみたいな青春

overtime fiction

原因はレシートだった。

「私は飴の包み紙だと思いますね」という松川さんの予想は外れ、皺だらけになったそれがコンベアの間から取り出された。

待たせていたお客さんに経緯を説明し通帳を返却する。

30代前半くらいだろうか、仕事終わりに立ち寄ったというような様相でいるその女性客は「そっちは捨てておいてもらって結構です」と私の手に握られた二つ折りのレシートを指差し、ばつが悪そうにそそくさと帰っていった。

ATMの裏に戻り復旧作業に取り掛かる。

 

「みんな想像力が足りないんですよ」

慣れた手つきで松川さんは開いたATM裏側の現金処理部にフッと息を吹きかけ扉を閉じた。

「注意力じゃなくて?」

「うっかりは仕方ないじゃないですか。誤ってレシートが挟まったままの通帳をATMに突っ込んでしまう気持ちは分からなくはないです」

分からなくはない。私も以前コンビニのゴミ箱に誤って自転車の鍵をレシートと一緒に捨ててしまい、店員さんに捜索してもらった経験がある。そうか、レシートはうっかりの温床なのか。

松川さんの演説は続く。

「でもですよ、私たち銀行員だって定時で帰りたい会社員じゃないですか。で、さぁ帰りますかのタイミングでATM障害発生のブザーが鳴ったらそこで予定外の残業が始まるわけですよ。それは仕事だからいいんですけど、お客さんにそこまでの思慮が及べば、『ありがとう』とか『すいません』とか多少の労いが感じられる言葉が聞けてもいいような気がするんですよね」

「まぁ私たちだって世の中に溢れる当たり前のことにちゃんと感謝してること少ないと思うし」

私だって定時で帰りたい銀行員だ。レシートを雑紙用のゴミ箱に投げ入れる。

一瞬松川さんの視線が固まる。

「先輩、それをそっちに捨てると個人情報の漏洩になりますよ」

「ただのレシートなのに?」

個人情報を多く取り扱う職場では雑紙用のゴミ箱とは別に、後にシュレッダーにかける重要用紙を保管するゴミ箱が設けてある場合が多い。

「裏に何か数字が書いてあります」

私の捨てたレシートを松川さんが拾い上げる。

裏に書いてあるのはどうやら携帯電話の番号らしかった。

 

「そういうことですよね」

「どういうこと?」

「つまり誰か男性があのお客さんに連絡先を教えようとしたってことですよきっと」

「レシートで?」

先刻の憤りはどこへ行ったのか今度は楽しげに、そしてどこか冷静に推理を始めようと松川さんは斜め上を睨んでいる。

監視カメラを気にしているのかとも思ったが本当にただ思案しているだけのようであった。

「あのお客さんは販売員なんですよ。そこで買い物をした客の男性が、清算中にあのお客さんに一目惚れして連絡先を渡したんですよ」

「どっちがお客さんか分からなくなる見解だね」

私の愚見は当然のように無視された。

「でもこれよく見るとコンビニのレシートですね。缶ビールとカップ焼きそばとコミックって書いてあります。あのお客さんコンビニで働いてるんですかね」

「それはいささか想像力に欠けるんじゃないかな」

「いささか」

「失礼かもしれないけど、あんないかにもバリバリ仕事してますって風貌の女性だったら何かのっぴきならない事情でもない限りコンビニでは働かないんじゃないかな」

「のっぴきならない」

松川さんは私の台詞から形容動詞と助動詞だけを抜粋し嘲笑を浮かべた。

「先輩って昔の人みたいな言葉使いますよね」

「馬鹿にしてる?」

「尊敬してますよ」

レシートの表と裏をペラペラと見返した後、ぶっきらぼうに私に手渡す松川さんのその返答に尊敬の意が表されているとは思えなかった。

「まぁでもこのレシートの主は妙齢の男性の可能性が高いよね」

「妙齢の」

「だってビール買ってるから未成年じゃないだろうし、カップ焼きそば買うくらいだからそんなに年老いた人でもないだろうし」

松川さんに指摘した割に自分の想像力だって全然大したことないな、と少し虚しくなる。

「しかもコミック1冊619円って絶対あのカバーのついてないコンビニコミックですよね。時間潰しに読むような」

美味しんぼとかにありがちだよね」

「何ですかそれ?」

いまの愚見は無視してくれてもよかったのではないか。

「まぁきっと漫画への愛が感じられない妙齢の独身男ですよ」

「手厳しいね」

「先輩、電話かけてみてくださいよ」

「えっ嫌だよ。だって個人情報の不正取得だよ?」

「そこですか」

「まずはそこだよ」

「でも妙齢の男性も待ってるかもしれないじゃないですか」

「妙齢の男性が待ってるのはさっきのお客さんだよ」

「でも私だったらATMにレシート詰まらせた上に礼も言わずにゴミ捨てさせて帰る女性は嫌ですね」

「そんなこと言ったら私だってコンビニで美味しんぼを買うような男性は趣味じゃないよ」

ATMの裏というコンプライアンスの現場であることを思い出し、少し声のトーンを下げる。

松川さんもハッとする。

「でも妙齢の大人ともなると、こうでもしない限り運命的な出会いなんて無いんじゃないですか」

「いまの発言、妙齢サイドの人間としては聞き捨てならないかな」

「失礼しましたー」

肩を上げて謝る松川さんにはまたしても尊敬の意は感じられなかったが、どこか憎めない。

 

「結局あのお客さんも電話番号が書いてあるレシートだってピンと来ないままに捨てたんだから、その程度の男性だったってことだよきっと」

「そもそもゴミと間違えられるようなものに連絡先書いて渡すなんてもはや自爆ですよね」

私が雑紙用のゴミ箱にレシートを投げ入れると、松川さんは着地までの行方を目で追った。

「個人情報の漏洩ですね」

「個人情報の自爆だよ」

ATM裏のドアの鍵を閉め、念ため表に人がいないか確認をする。

「それにもしかしたら本当は全く見当違いなレシートなのかもしれないし。結局これくらいしか思いつかない私たちの想像力もその程度だってことだよ」

「それはいささかのっぴきならないですね」

「馬鹿にしてる?」

「フフッ尊敬してますよ」