青さについて

Kiss Mintとカロリーメイトとファイブミニみたいな青春

恋するリトルカブ

その日は7時55分に目が覚めた。

開いているとも閉じているとも言えない瞼で何を眺めるでもなく、仰向けのまま手探りで布団に転がったiPhoneを捕まえる。

今日は午前中大切な予定があるから起きなきゃと布団から立ち上がった瞬間だった。

 

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「大丈夫!?」と叫びながら朝食を作っていたであろう母の安否を確認する。

テレビをつけるより先にツイッターで状況を確認し、想像以上に被害が大きいことに驚愕した。

同時に阪急もJRも全く動いていないということを知り、狼狽する。

狼狽しつつも何故だか頭の片隅で「いつも大きな地震が起こるたび望月峯太郎の漫画『ドラゴンヘッド』のことを思い出すなあ」とぼんやり考えていた。

そんなことを考えている場合ではないし、あれは地震の漫画でもない。

最終面接の日だった。

 

大阪で朝11時から面接だったのだが、これは面接どころではないなと電話をかけるも「現在回線が大変混み合っております」と音声が流れ全く繋がる気配がない。

仕方なくメールを入れ、電話が繋がるまでコールし続けていると、先方から着信があった。大阪からかける分には繋がったらしい。

結局面接日程を変更したいが目処が立たないのでこちらからの連絡を待ってほしい、とのことだった。

 

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8日後、私は9時40分に目が覚めた。

「今日は延期になった最終面接の日だったっけ」

「時間は確か11時からだったような」

「おかしいな、どうして今9時40分なんだろう」

「あ、そうか。昨日の思い立って『劇場版 名探偵コナン 世紀末の魔術師』を観て夜更かししたからだな」

「11時に大阪に着くために余裕を持って9時半くらいの電車に乗るつもりだったな」

「ん?いま9時40分??????」

ノローグが3秒で頭を駆け巡り、布団を飛び出し、着替え、髭を剃り、歯を磨き、奇跡的に寝癖がついていないことを確認し、リュックとヘルメットを掴んで家を飛び出した。

私は時速200kmを超える速度で京都から新大阪まで風を切ったのである。

無論、新幹線でだ。

「のぞみ」という名前がそのときの自分への当てつけのように思えてならなかったが、藁にもすがる思いで1400円ちょっとを献上し、予定の時間内に大阪の地を踏むに至ったのだった。

 

 

「まぁもう内定なんですけどね。今日はうちの会社の説明をさせて頂いた上で入社するかどうかを決めて頂くということで」

面接室に到着する前にあっさり就職が決まった。

頭の中の高山みなみが「劇場版 転活生ヤブン 地獄へのカウントダウン!」と叫んでいた毎日ともこれでオサラバだな、などと考えていた。

社長から会社のこれまでの歩み、給与面、福利厚生面、今後の展望や計画などの説明を30分ほど受けたあと、メインバンクからどのような借り入れを受けているか、利益の上げ方と大体の割合、クラウドファンディングをどのように使っているか、渉外の方法、残業内容などをこちらから質問し、また社長の受け答えを観察した上で入社を決めた。

聞こえは偉そうだが、金融機関で法人営業をしていた自分なりの目利きで判断した結果である。

勿論、以前の職場に比べれば条件面では劣るだろう。

シフト制で、福利厚生面も充実しているとは言い難く、結婚も遠のくと思っている。そして年収も…

それでも興味関心の中で仕事ができるであろうこと、またこれは他人には理解し難いかもしれないが、この社長の手助けをしたいという思いが芽生えたこと。

金融で営業をしていたときに後悔していた点である。

後者に関しては自分の力が至らず、泣くほど苦悩した点でもあった。

こんな素敵な仕事をしているのに業績が改善されないなんて…という思いは二度としたくなかったのだ。

 

SNS等でも宣伝をすることになりそうなので、あえてここに明記するが、就職先は大阪のレトロ印刷JAMという会社だ。

関西のカルチャー面に造詣の深い方ならZINEやフライヤー、CDジャット等でJAMの印刷物を目にしたことがあると思う。

スピード印刷、大量印刷から脱却し、孔版印刷によるインクのズレや掠れ、色落ちを持ち味として親しまれてきた印刷会社だ。

個人的にもシルクスクリーンでTシャツやエプロンを作る際に一度利用したことがあったため、元々仕事内容には大変興味があった。

まさか働くことになるとは思いもしなかったので、本当に人生何があるか分からないものである。

 

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面接を終えたその足で河原町に戻り、不動産屋を訪ね3件内覧したあと、2時間半で部屋を決めた。

人生初の一人暮らし。

京都市内ではあるが。

ベランダを開けると目下に川が流れている小さな部屋を借りた。

週明けには入居するので27年過ごした山の麓の実家生活もあと少し。

購入する家具を検討し、部屋の間取りを考えるのは、女の子との初デート前にプランを立てる時間に似ていると思うのは私だけだろうか。

 

大きい買い物は入居してから車で行くとして、キッチン雑貨や小さなインテリアグッズはバイクで買いに行っておこう、と外出する。

平日昼間に街を走っていると、クールビズの金融マンがスーパーカブに跨っている姿をよく見る。

この前まで自分もああだった。

しかし少しの勇気と、人生の猶予と、金銭を削って行く先を変えた。

足取りは軽い。

そういえば、リトルカブよりもスーパーカブの方が重たくて、動かすのが大変だったな、と思い出す。

 

 

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